ランニング続かない理由は?継続するコツまとめ
暑い日が続きますが、筆者は今年2回目の夏風邪をこじらせております。最近はジョグノートをつけることもサボっていますが、決して“走ることに疲れた”というわけではありません。
ただ、「夏風邪はバカが引く」といいますが、否定はできませんね。
筆者は冬よりも夏に風邪を引きがちですが、練習を頑張るランナーの方は、“練習のしすぎ”で冬に抵抗が落ち、風邪をひきやすいのではないでしょうか?
アスリートとして、自分を追い込む姿は素敵です。努力も美しいです。また、結果が伴えば伴うほどの“爽快感”が、ランナーにとっては醍醐味です。
その半面、「走ることに疲れてしまった」というランナーもいるでしょう。
モチベーションを上げるべきだとは違った観点で、“走ることに疲れてしまったランナー対策”を考えてみました。
走ることに疲れるランナーほど「真面目すぎる」
多くのランナーが「真面目すぎる」と筆者はいつも感じます。
熱中症で倒れてしまったり、肋骨の骨が折れていたり、坐骨神経痛に苦しんだり……
身を削ってまで練習量を稼ぐというのは、アスリートであれば致し方無い部分であり、また筆者にとって、そんなランナーは皮肉なしに“尊敬”しています。
ただ、ランナーが丈夫といえど、70歳、80歳になってでも“走りたい”と考えるのであれば、少し走ることから距離を置いてみてはいかがですか?
特に、故障中で走ることができないランナーの方には、日々が億劫な気持ちにつつまれがちです。
人間の心やモチベーションとは不思議なもので、燃えすぎてしまえばいつかその“火力”が弱まってしまうことが多いです。
「細く長く」が、ランニングを楽しめる一つの秘訣でもありますよ。
真面目過ぎるランナーの方は、「走ることに疲れた……」とため息をつくまえに、「暑いから、今日は5kmだけ! 終わり!」と早々に練習を終える筆者の爪の垢を煎じて飲ませてあげたいところです。
ランニングは何のために・誰のためにあるか考える
「走ることに疲れた」と思う方の多くが、“なぜ走るのか”の目的意識が強すぎるのではないでしょうか。
「タイムを伸ばしたければ、目的意識を強く持つことは大事」とは筆者も思いますし、むしろそれがなければ、マラソンに対してのモチベーションも下がる一方です。
ただ、あまりにも思いつめることが多いと、「生きること」=「走ること」になってしまいます。
この一言では誤解を生みかねませんが、「走ること」は“生きがい”であってもいいんです。ただ、生きることにとってイコールなのか、走ることが“生きがい”なのかでは、意味が大きく違ってきますよね。
もともと、「走ること」ということは自由なはずです。
誰にも束縛されず、体の欲求そのものに応えるからこそ、「ランニング」という素晴らしい行為があるのではないでしょうか?
よく市民ランナーのマラソン中継の「TVショー」では、「プロポーズ」や「家族のため」が題材になりがちですが、ランニングというのはそもそも“自分のため”に走るんです。
支えてくれる方は支えてくれる方で、別の形で感謝すればいいんです。
もっと、走ることに対して“エゴイスト”になってみませんか?
ランニング続かない理由まとめ
いかがですか。
夏の暑さにすっかりとモチベーションが落ちていると思われがちな筆者ですが、風邪をひいていないときは炎天下の下でも“涼しい顔”で走っています。
夏だからこそ、クールな顔で走りたいという筆者のエゴであり、楽しみでもあるのです。
“ストイックさを求めること”がランナーにとってのエゴであれば、練習量や練習の質をさらに高めることは喜ばしいことですよね。
ただ、そのストイックさがエゴでなければ、そこに自由はないはずです。
もっとシンプルにランニングを楽しんでみてくださいね。